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デンテツとは?

「デンテツ」とは、平成11(1999)年に廃止された新潟交通電車線のことを指し、その旧称「新潟電鉄」が由来です。 デンテツは、新潟平野を南北に突き抜けて走っていました。

なぜカタカナ?

全国には数多くの「電鉄」が存在します。新潟交通電車線の沿線では、上記の理由で電車線のことを「デンテツ(表記は不定)」と呼んでいました。これは方言とは異なりますが、方言のように表記が不定の言葉はカタカナで表記する習慣があります。これに準じていますし、全国にある他の「電鉄」をさしているのではなく、新潟交通電車線という特定の「デンテツ」を指しているという注意引きの役目も果たしているわけです。

どんな路線だった?

最盛期は新潟市の白山浦〜燕市の燕を走っていました。木場〜月潟近辺に乗ったことのある方ならわかると思いますが、川の堤防に張り付いて走ります。他の区間でも川に付かず離れずで走ります。1992(平成4)年までは路面電車になる区間もあった、線形のバリエーション豊富な路線でした。

どんな車両が走っていた?

晩期は、7割がた日車標準車体の車両でした。日車標準車体というのは、鉄道車両メーカーの日本車輌が製造したレディーメイド(事前製作)車体で、老朽化した車体の更新・車体の大型化に使われました。他には元小田急のABFM車であるモハ2229+2230、おなじく元小田急のHB車であるクハ46、開業の年に新製配置された電動貨車のモワ51、国鉄(現JR)を代表する雪かき車だったキ116がありました。

各ページで駅・車両・歴史など詳しくご紹介しております。お時間のあるときにでもぜひご覧ください。


※呼称について、私の独り言

当サイトではデンテツのことを「新潟交通電車線」とも表記しておりますが、これには私なりの理由があります。デンテツでは、路線の正式名称というのは、私の知りうる限りでは聞いたことがありません。このために、「新潟交通鉄道線」「新潟交通電車線」等いくつかの表記が誕生しています。中でも一番多かったのは「新潟交通電車線」でしょう。これには、列車運行をつかさどっていたのが「新潟交通電車部」だということが大いに関係すると思われます。なお、なぜ「新潟交通鉄道線」を使わないのかというと…平成初めまでは、デンテツは軌道線(要は路面電車)の県庁前(のち白山前)〜東関屋も営業していましたが、その軌道線に対して東関屋〜燕あるいは月潟のことを(地方)鉄道線と呼ぶのです。つまり、「新潟交通鉄道線」と表記してしまうと、厳密に言えば地方鉄道法準拠の区間だけを指すことになり、軌道法準拠の区間は除外していることになります。幸い当サイトでは両方とも扱っているので、これを知ってしまっては「新潟交通鉄道線」と表記するのは語弊があるということがわかっていただけるでしょう。ただ、「新潟交通電車線」という呼称には語弊が無いのかというと…「電車線」というのは、実は電車が電気を取る「架線」という意味も含まれます。正式には架空電車線、略して架線です…どっちもどっちといってしまえばそれまでですが、結局は私の好みが大きい決定要因となって「新潟交通電車線」で落ち着いています…。